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歴史 概要
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 26世紀におよぶ長い歴史を誇るフランスで最古の都市。

紀元前
00年頃にギリシア系フォカイア人が入植して、「マッシリア」を築き
ました。


 貿
易都市として栄え紀元前後には古代ローマ支配のもとで発展を続けました。

 フランスの海の玄関口として、かつては日本からの船もフランスでの第一歩を標す港でした。

 諸民族・諸文化の集まる賑やかな街として栄えてきたマルセイユとその近郊は、ヨーロッパ屈指の工業地域です。

工業地帯は、第2次大戦以降、着実に発展を遂げ、南仏の産業の中心となり多くの労働者を抱えてきました。

day
 
 人口10万人の、プロヴァンス地方の政治と経済の中心都市となりましたが、技術革新・不況(港湾の荷揚げ量の減少など)・北アフリカ等からの移民増加が経済状態を圧迫し、1970年〜80年までの10年間に約5万人が失業に陥りました。
 プロヴァンスで最も雇用の多い都市であるにも関わらず・・・。 

 
 この状況も、80年代後半からの公共投資の増加や景気の回復によって少しずつ好転してきています。
night

 
 なかでも、石油精製産業はヨーロッパでも極めて高い地位を占めており、マルセイユという国際貿易港が原油の輸入や製品の輸出に大きな役割を果たしているため、港にはいつも中近東からの巨大なタンカーが多数停泊しています。

BOUCHES-DU-RHONE(ブッシュ・ドゥ・ローヌ)県の県庁所在地 

マルセイユ市は、16区からなります。

都会でありながら、素朴さを残したこの町、また人々も・・・港町特有の情緒を漂わせています。
 町には、多くのチェニジア・アルジェリア・モロッコからの移民が住んでいます。
アジアからはべトナムからの移民が主で
す。

町は、高台から海に向かって、ゆるやかな斜面に広がっており  
サン・シャルル駅(Gare Marseille St-Charles)前から海側を見るとその様子がわかります。

 駅南側からアテネ通り(Bd.d'Athénes)を下ると、ラ・カヌピエール通り(La Canebière)に出ます。
この一帯がマルセイユの中心部で、銀行・ホテルなどが集中しています。

 旧港(Le Vieux Por)には、朝市が立ち、レストラン・カフェが軒を連ねています。

旧港は、しばしば風景画の素材ともなっています。
 ルイ15世の命令でフランスの港を22ヶ所描いたジョゼフ・ヴェルネをはじめ、
野性派のデュフィ、さらにマルケ、オスカー・ココシュカなどが、
それぞれの手法で地中海の空気をキャンバスに映しこんでます。



photo momonga